気ままにtumblr

May 22 2012
えらい人に送るメールをしたためてド緊張している隣の人に「相手はただのおっさんやで、殴ったら死ぬ普通のおっさんや」と励ます上司。
Twitter / bonci (via jinakanishi)
2008-11-29 (via gkojay, katsuma) 2009-10-04 (via gkojay) (via mitukiii) (via furudanuki, tayu-tau) (via 9thstreet) (via makiton) (via zenigata) (via 777se777) (via hepton-rk) (via dominion525) (via rokuroku) (via itokonnyaku) (via text-man) (via satoru-h) (via text-man)

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May 17 2012
blackmarksonpaper:

Beautiful shell cordovan, from Alden of New England
dressshoesandsneakers:

Alden’s 125th Anniversary Beams: Algonquin (Modified Last, “V Tip”), in Dark Brown Shell Cordovan Barneys New York: Chukka Boot (Square toe, with shoe trees), in Dark Brown Shell Cordovan United Arrows: Longwing (Modified Last ), in Dark Brown Shell Cordovan Ships: Chukka Boot (Barrie Last, crepe soles), in Dark Brown Shell Cordovan The Lakota & Co.: Algonquin (Modified Last, “V Tip” with single leather sole), in Dark Brown Shell Cordovan The Lakota House: Chukka Boot (Barrie Last, double leather soles), in Dark Brown Shell Cordovan

blackmarksonpaper:

Beautiful shell cordovan, from Alden of New England

dressshoesandsneakers:

Alden’s 125th Anniversary
Beams: Algonquin (Modified Last, “V Tip”), in Dark Brown Shell Cordovan
Barneys New York: Chukka Boot (Square toe, with shoe trees), in Dark Brown Shell Cordovan
United Arrows: Longwing (Modified Last ), in Dark Brown Shell Cordovan
Ships: Chukka Boot (Barrie Last, crepe soles), in Dark Brown Shell Cordovan
The Lakota & Co.: Algonquin (Modified Last, “V Tip” with single leather sole), in Dark Brown Shell Cordovan
The Lakota House: Chukka Boot (Barrie Last, double leather soles), in Dark Brown Shell Cordovan

(via petapeta)

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May 16 2012
私は数年前に、市民講座の後の質問で「市販の食パンには保存料がたくさん入っているからカビが生えない」ということをおっしゃった方があった。その方に「市販のパンには保存料は入っていません。保存料を使用しなくても工業的に無菌的な環境で製造されたパンは、数日位の日持ちは当然です」と答えたところ、「私は市販のパンは買わなくて、自分の家で食べるパンは全部家庭で作っていますが、3日も持ちません」と答えられた。そこで、「申しあげにくいことですが、あなたの台所がパン工場より汚いからです」と答えてその方を激怒させたことがある。
しかし、製パン工場の中と通常の家庭の台所を比較したら、見た目の清掃がいくらしてあっても、微生物学的にはちゃんとした食品工場の中よりは相当に汚染されている。

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May 15 2012

155 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール議論中:2008/12/04(木) 02:50:08.89 ID:pUJ3N2QT0
「絶対、そこら辺に捨てるなよ」って発言には非常に重みを感じた
飼えなくなった生き物を水族館に押し付けてくる家庭とかは無いのかな?


»155
飼えなくなった生き物の持ち込みは、すごく多いです。
絶対引き受けません。

一度飼ったからには責任をとる必要があります。
水族館に押し付けてそれで良いことをしたと思われては堪りません。
どうしても手放すなら、自分で殺していただきます。
できないなら、私たちが殺します。見ていていただきます。
計画性も無しに飼った生き物がどうなるか、しっかり見ていただきます。



161 名前:愛のVIP戦士@ローカルルール議論中:2008/12/04(木) 03:02:56.76 ID:pUJ3N2QT0
やっぱり持ち込みあるのか
保健所とかでも平気で持ってくる人たちがいるらしいしね
一つの生命を包括的に支配するんだもんなぁ・・・
辛い話で、なんか自分が泣きそうなんだけどw
「殺します」って言った場合に持ち込んだ人たちはどういう反応するの・・・?


»161
そういう話をすると怒り狂うことが多いですね。
なにせ、
「自分のうちで狭くなった水槽で飼うより、水族館の広い水槽に移して あ げ る んだ」、
「水族館は手に入りにくい大きな立派な個体を寄贈して も ら え る んだから喜ぶべきだ}って
態度ですから。

いや、時々喉から手が出るほど欲しい個体もいますよ。
でも、一個体でも貰っちゃったら、あとは展示する
あてもない生物を山ほど抱えることになりますし。
何より、可愛い時期だけ飼って後は水族館へって風潮ができちゃったら困ります。

毎回数時間押し問答です。
聞いた話ですが、うっかり受け取っちゃったところの話で、
「ウチの子の様子見に来ました」って何度もタダで入ろうとしたとか。

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実をいうと、「エンプロイー(従業員)」という概念は近代になって生み出されたもので、時代を超越した社会慣行ではない。

強い意思を持つ人間を従順な従業員に変えるために、二十世紀初頭にどれほど大規模な努力がなされ、それがどれほど成功したかを見ると、マルクス主義者でなくてもぞっとさせられる。近代工業化社会の職場が求めるものを満たすために、人間の習慣や価値観を徹底的につくり変える必要があった。

生産物ではなくて時間を売ること
仕事のペースを時計に合わせること
定められた間隔で食事をし、睡眠をとること
同じ単純作業を一日中再現なく繰り返すこと

これらのどれ一つとして人間の自然な本能ではなかった(もちろん、今でもそうではない)。したがって「従業員」という概念が—また、近代経営管理の教義の他のどの概念であれ—永遠の真実という揺るぎないものに根ざしていると思いこむのは危険である。(P163)

「経営の未来」に従業員の未来を見る - アンカテ(Uncategorizable Blog)

やばい、これやばい。超やばい。ReBlog&あとで読む

(via hidetox)

これは読んでて本当にやばいと思った

(via uncate)

(via ayanamist)

前にもreblogしたけど大事なことなのでもう一度

(via hanemimi)

今日の大雨・強風の中で通勤していてこれを思い出したのでreblog

(via vmconverter)

ああつまり、これを求める社会にたいして、抽象化したドライバwを用意してだな、この四つに反した内容で上手く集合体として機能するような関係を構築すれば、人間の本能にも多く反することなく進められるってことだな。

まぁーストレスがない。というのは創造の世界では諸刃の剣なので、そこはうまくストレスを受ける為のコントロールをしたほうがいいんだけど。

でも、なんていうか、僕等が目指してることは、そこだな。って内容の反対側のことが書いてあるなーという印象。そうか、いいんじゃんか、そこ目指して。

(via yamato)

これはいいスレ。

(via mitaimon) やあ、また会ったな。なんとなく、少しは答えに近づいた気がするよ。ほんの少しだけどね。→analog | すべての企業は社会主義を内包している

(via aun-059)

雇われる側が半ば被害者意識を持って読むのはわからんでもないけど、ややものの見方が一面的に過ぎるのでは。産業革命なり工業化が起こって近代国家になったら人口も増えるので皆を食わすためには資本の集積が必要でしょう。近代的な労働概念が発生してもそれはいわば必然かと。だからといっちゃあなんだが会社に帰属するメリットってやっぱり大きいと思いますよ。そこのあなた、仕事しないでtumblrばっかやっていてもちゃんと月末には給料振り込まれるんだから。てかいつもいうんだけど嫌なら辞めればいいのです。

(via keisuh

)

岸田秀いわく「人間は本能の壊れた動物」。それを埋めるために「共同幻想」が必要なのであり、中世から近代以後に発明された社会装置は、基本的にそのためのもの。で、本能じゃないからって、その数々の共同幻想を否定したって、なにもはじまらんどころか、終わらせるのを早めるだけよ。

(via buru)

ふと見ると、適度な揺れ戻しが起きてたのでそこはかとなくReblog。現代の言説空間ウォッチ。ま、いろいろなパターンを見てますがあれですね。あれあれ。うむ。

(via swmemo)

これは以前もReblogした記憶がありますが、コメントが増えているのでもう1度Reblog。

(via gluelogics)

(via kotoripiyopiyo)

武士はその前からずっと従業員なんだけどねえ。だから仕えるお上がいなくなると「浪人」になる。決して個人事業主になることはない。

(via tnoma)

議論が一周したので、次のステージに進みます。

(via uessai-text)

(via ipodstyle)

(via yoconyan)

(via fishandmush)

(via fialux)

えーと。これは会社でreblogすればいいんだっけね。

(via d-d-d)

(via aki-zizi-memo)

(via kaoru119)

(via book-cat)

(via edieelee)

(via glasslipids)

(via tkatsume)

(via ckeiskei)

(via tsundere) (via ipodstyle) (via mooncroix) (via pinball-1973) (via ken8979) (via igi) (via f-zi)

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なんでも、ドイツの経営者むけに、日本の工場視察見学ツアーを実施したんだそうですよ。ジャスト・イン・タイムで、カラ雑巾を絞るようなムダとりを重ねた現場を見せて歩いたわけです。でも、彼らは一応感心はするけれど、心底感激したという風はない。それで、最後に感想を聞いてみたら“あの努力には敬服する。だが、なぜライバルと同じような製品を作って価格競争に向かうのか?”というんだそうです。

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なんど研究を投げ出して医者にもどろうかと思ったことか。しかし、35歳で死ぬかもしれんのだから、とりあえずそれまではがんばろうとふんばっていた。そうして迎えた35歳の誕生日。あぁ、いよいよやめるべき日がきたかと思ったけれど、いざとなると、精神は弱く慣性は強し。いや35歳はまだ364日ある、と言い訳をしながら続けることに。そしていよいよ自らが設けた仕切り、36歳の誕生日が目前にせまったころ、二つの、小さいけれど忘れられないできごとがあった。

ひとつは、お風呂でシャワーを浴びていた時に、悲しくもなんともないのに、涙がぼろぼろこぼれたことである。あとにもさきにも一度もない、ものすごく不思議な経験であったけれど、なぜか「あぁこれがボトムなんや」という気がした。そして、これが最悪やったらどうということはない、と、ずいぶんと楽になった。かといって研究は進まず、いよいよ辞めんとあかんかなぁ、という気持ちはつのる一方であった。

京都大学というのは、ちょっと特殊事情があって、大阪のような遠くから通ってくるのは少数派で、多くの人は大学の近辺に住んでいる。だから、研究時間はかなりフレキシブルで、夜中に実験する人もけっこういる。私も、実験で遅くなった時のために大学の近くに部屋を借りていたのであるが、その涙の日から何日かたった眠れぬ夜、午前二時頃にふらっと研究室に出かけた時、二つめのできごとに遭遇した。

当時講師であった私は、「六研」という大きな研究室を一つまかされ、7~8人の大学院生たちを指導していたが、その夜、夜中の二時というのに、なんと、その部屋の全員が実験をしていたのである。めったにあることではない。心底おどろき、我が目を疑った。辞めるということは、この子らの研究指導を途中でほうりだすことなのだ。こんなにがんばってくれているのに、そんなわけにはいくまいと、36歳の誕生日をすぎてから、もうすこしがんばる決意をした。

そして一ヶ月あまり。それまでもやもやしていた研究が劇的に進み、ゴールデンウィークあけに目が覚めるほどすばらしいデータが出た。いまでもそのデータを見た時の興奮は昨日のことのように思い出せる。うれしくてうれしくて、キャンパスのまわりを、意味もなく、1時間も2時間も自転車で走り回ったのだから。そして、その研究が無事にScience誌に掲載され、母校大阪大学の微生物病研究所教授へと栄転することがきまった。

いいデータが出てしばらくしたある日、鼻歌を歌っている自分を発見して、あぁ鼻歌を歌うのはどれだけぶりだろうか、と驚いたことがある。後から振り返ってみると、限界まで追い詰められていたのかとわかるけれど、追い詰められている時というのは、そこまでとは思っていなかった。苦労を売りにするようでは、人間、最後である、と常々思っているし、苦労などしないにこしたことはない。しかし、あの頃の苦労があったから、それ以降、たいがいのことがあっても、まぁ、あれに比べればどうっちゅうことはない、という腹のくくり方ができているのも事実である。

カタルシスのような涙がなかったら、そして、午前二時の研究室全員集合状態がなかったら、36歳の誕生日を契機に研究を辞めていただろうと思う。ひょっとしたら、あのころは、私の近くに神様がいて、あと一歩だからもうちょっと続けなさいと励ましてくれていたのかもしれない。研究をしていると、必ずしんどいことがあるし、そのしんどいことを乗り越えないと、次の一面に挑戦する権利すら与えられない。残念なことに、努力は必ずしも報われるとは限らない。しかし、かつての大阪大学総長・山村雄一先生が残された名言「天命を待って人事を尽くす」という姿勢だけは保っていないと、決して前に進むこともできないのだ。二つの小さな出来事がなければ人事を尽くせなかっただろうと思うと、とても不思議な気がする。でも、天命や運命というのは、ひょっとしたら、その程度の小さなことで決まっていくものなのかもしれませんね。

仲野徹さんの「天命」が降りてきた話。ジーンときた。

大阪大学大学院 幹細胞病理学/病因解析学|なかのとおるのつぶやき

(via kashino)

(via petapeta)

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